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ふらぬーる

ギターの小山です。

西荻に生まれおちて早30数年。

この町の独特な ゆるさと、レトロ具合がとっても好きです。

多くの人があこがれる街の吉祥寺と、

丸の内線が通り、どことなくセレブ感漂う荻窪。

それらの間にひそやかに佇む西荻窪。

荻窪をさらに超えていくと、

七夕にもなるととても大きな催しが開かれる阿佐ヶ谷、

阿波踊りや大掛かりな大道芸がでる高円寺などなど

個性があり人が多く集まる街が連なっています。

そんな中で繁華街でもなくビジネス街でもない、

しかし只者ではない住宅街。

そんな西荻窪駅が誕生したのは大正11年7月15日。

関東大震災の前年です。

当時、西荻ではタクアン作りが盛んで、一面の田園風景でした。

「道路がよくなれば農作業が楽になる」

という井荻村の村長の理念と住民の協力により南北にのびる北銀座通りを整備をしたり、

大正14年に、後の日産自動車工場となる中島飛行機の工場を誘致、

それらにより、農業と工業が発展し通勤路には商店が増え西荻窪は活気づいていきます。

三菱重工が設計した「零戦」のエンジンはこの工場で開発、製造されました。

この工場には約5000人が働いていたそうです。

震災の影響で都心から移住してきた人たちも多かったそうなので、

西荻の当時の人口はすごかったかと思います。

工場は軍需工場として空襲の標的にされますが、

結局被害はなく、終戦後は自動車工場として残りました。

ちなみにヘアーサロンコヤマは戦前から在るのですが、

空襲はなんとか免れております。

築100年くらいの建物だったせいか、

西荻周辺の古民家を巡るツアーに盛り込まれていたこともあります。

そんなすごい建物だったなんて、住んでいるとわからないもんですね。

戦後の西荻の話を家族やお客様から色々と聞く機会があるのですが、

映画館がたくさんあったり北口には丸井があったりと

いまの吉祥寺みたく栄えていたそうな。

急行も止まらない街なのになんでこんなに銀行が多いんだろうと思ったこともありますが、

そんな時代があったからなんでしょう。

古いお店は徐々に減ってきてはいますが、

その分小さいけど個性のあるお店が増えてきてます。

犬の散歩ついでに面白そうなお店をチラ見したり、

休みの日には普段歩かない道をフラフラすると発見があって面白いです。

是非休みの日、西荻散策をしにいらしてください。

連絡いただけるか、ヘアーサロンコヤマへおいでくだされば

オヌヌメのお店をご紹介いたします。

よろしく哀愁

#小山剛史

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